初場所は、毎年6場所開かれる”本場所”のうちの、新年いちばん最初の場所です。
初場所は、新しい一年の開会のセレモニーと言えるでしょう。

2012年1月20日、私たちは大相撲初場所の千秋楽を観に行きました。両国国技館は満員でした。会場では、贔屓の力士を応援する熱心なファン達の緊張と興奮を共有することが出来ました。











大相撲力士・把瑠都 凱斗(ばると かいと)は、1984年11月5日、カイド・ホーヴェルソンとしてエストニアに生まれました。
カイドの家族はエストニアに牛農場を持っており、子供の頃から、この家業の肉体労働を手伝うのに慣れていました。カイドが16歳の時、父が死去します。それ以来、カイドはナイトクラブの用心棒として生計を立てました。10代の頃はバスケットボールをしたり、柔道エストニアジュニア王者の栄冠に輝いたこともありました。当時の柔道コーチや、国際相撲連盟の理事、会長の尽力により、日本の大相撲への入門が実現しました。
外国人力士の入門制限によって、唯一、外国人力士の枠が空いていた三保ヶ関部屋に入門が決まりました。四股名「把瑠都」は母国エストニアが面するバルト海にちなんで命名されました。2004年5月場所、把瑠都は初土俵を踏みました。
把瑠都は温和で陽気な性格から他の力士達との関係も良好で、また、勝ち負けに関わらず、常に笑顔でいることで知られています。
「力士の一人一人が、それぞれにユニークな性格をもっている。把瑠都は親しみやすく優しい。それを変えてはいけない。土俵の上では勝たなければならないが、土俵の外では、笑うことを忘れないで欲しい。」師匠の尾上親方は、こうコメントをしています。
把瑠都は、取組で対戦相手にケガをさせないよう注意を払うことでも知られています。
優勝インタビューで、把瑠都は有能な力士となり得た自身の才能について、その喜びを謙虚に表現し、公衆の心を動かしました。彼はまた、妻や母、師匠やその他、彼の人生に関わってくれた全ての人々への感謝の意を表しました。把瑠都は、人生において正しい方向への選択をしたことを確信しています。
“自分の行く道は、正しい道。この決断をしたことを、嬉しく思う。”
相撲は、日本古来の格闘技です。江戸時代(1603〜1868年)に、職業としての大相撲が始まりました。
相撲は日本の伝統スポーツとして世界中に知られています。伝統スポーツでありながらも、日本相撲協会は、多文化的考えを持っています。日本相撲協会は世界平和を体現しているのです。格闘技、戦うスポーツであるにもかかわらず、力士達の心に、国籍のバリアはありません。これこそ正に、純粋な考え方だと思います。
日本は、平和な心の国です。それゆえに、このような素晴らしい機会を与えることが出来るのでしょう。
楽しく興味深い相撲観戦のあと、私たちは日本での一日を国際的に締めくくるべく、美味しい中華料理を食べに行きました。