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プリンセスレースの物語



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ダイアン・クライスコレクション
              


レースは、その長い歴史に於いて、常に所有者の地位や身分を象徴するステータスシンボルとしての役割を果たしてきました。
かつてレースは、貴族階級の女性だけが購入することのできる高価で贅沢なアイテムだったのです。
そこに、1800年代おわりころ、何度目かのレースブームがおこります。
貴族達のほか、富裕な市民層をはじめ、ごく一般の女性達もレースを所有したがる時代になり、需要が急激に高まったことで、レースの商業化が必要になりました。それにより新しいタイプのレースがベルギーで紹介されました。そのレースがプリンセスレースです。 
このプリンセスレースの導入は即座に成功をとげ、広く人気のあるものとなりました。

19世紀終わり頃、ベルギーの王室は、史上最高級の素晴らしいプリンセスレースを作るよう指示しました。マリー=アンリエット王妃はプリンセスレースの愛好者でした。そうして作られたプリンセスレースの出来映えに満足したベルギー王室は、このベルギーのテープレースを「プリンセスレース」と呼ぶ許可を与えたのでした。過去には、プリンセスレースはロイヤルレースやインペリアルレースと呼ばれることもありましたが、これはヨーロッパの宮廷などがこのレースをオーダーしたことによるものです。

プリンセスレースは、ほとんど内職で作られました。これらは家庭内で作業をするレース職人にとって快適なものでした。 
製作はDender(川)地域と呼ばれるブリュッセル近郊の地域に集中していました。
プリンセスレース作りで最も有名な都市はAalst(アールスト)、Ninove(ニノーベ)、Geraardsberg(ヘラーズベルフ)とLiedekerke(リードケルケ)でした。
当初はたくさんのプリンセスレース卸売商が存在していましたが、しだいに減少し、それでも1993年ころまでは、まだ15件ものレース卸売商が残っていました。今はかなり減少し、いつ職人さんがいなくなるのかわからない状態です。


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プリンセスレースはテープレース(テープ状のリボンを使って作るレース)です。テープは花や葉・茎などのモチーフを形作ったり、縁取り用に波形に形作られ、チュールネットの上に手作業で縫い付けられます。各モチーフ(花 など)の間には縫い針による装飾ステッチが入ります。時々、機械でつくられたお花(ケミカルレース)が加えられることもあります。 

各デザインの本体のかたちは前もって量産されたものでなく、デザインによりチュールネットをカットして作っています。プリンセスレースのパターンデザイナーは、たびたびデュシェスレースの影響を受けました。

19世紀終わり頃、最初にプリンセスレースが作られはじめた当時は、用いるテープレースはハンドメイドのボビンレースでしたが、後に機械生産のレースを使うよう変化していきました。
このベルギー・プリンセスレース用の繊細な機械製レースは北フランスCalais(カレ)で生産されていましたが、今日では、フランスのリボン生産には、中国市場からの競争相手が加わっています。

プリンセスレース生産が始まった初期は、ネット部分も手作りのチュールでした。チュールは、ボビン製もニードル製もありましたが、特にボビン製のチュールはブリュッセル・“ドロッシェル・グランド”と呼ばれました。

ベースとなる材料のチュールは軽く透明感がありますので、洗礼のためのベビードレスやマンティーラ(教会でかぶるベール)、結婚式用のベールやハンカチに、と冠婚葬祭にとても適したものです。
プリンセスレースはベルギーでリボンワーク(テープレースワーク)として、素晴らしい技術をもつデザイナーと献身的な職人により作られてきました。ベルギーで最も一般的に知られているレースですが、現在では大変貴重なものとなりつつあります。