古代ギリシャ・ローマの時代から、女性たちはファンを好んで使っていました。裕福な女性には、ファンを扇いで涼しい風を送るための奴隷がいたほどです。
中世には、ファッションアクセサリーとしてのファンは姿を消し、教会でのみ使用されていました。ファンの使用がいつ復活したのか、はっきりしていませんが、1380年のCharlesVのインベントリーには“旗”についての記述が残っています。これは、当時、王の食事からハエを追い払うために使われていた物です。
現在使われているファン形は、16世紀に考案されたものです。もともとの起源は東洋で、スペインを経由してヨーロッパに伝わりました。イギリスのエリザベス女王は、このファンの虜で、ファンを贈られることを大変喜んだそうです。
17世紀になると、衣装やアクセサリー等をオーダーメードする時、見本として使った挿絵に、ファンが頻繁に描かれるようになります(特にフランス)。
1640年、Galerie du Palaisというブティックが開店しました。これは、人々が、カラー、カフス、ハンカチ、ファンなどのアクセサリーを購入できた、最初の小売店です。ブティックとは、ファション界の変化を意味します。
17世紀の後半、ファンは、フォーマルドレスに欠かせないアクセサリーでした。ファンはハンカチのように、ステイタスシンボルになったのです。
18世紀、ファンが爆発的に流行します。この頃のファンは、芸術作品の域に達していました。女性はファンを、男性は剣を身に付けるのが、当時のスタイルでした。また、重要な婚礼のお祝いとしても最適でした。フランス宮廷では、女性がマリー・アントワネットの面前でファンを開くことは、ご法度でした。彼女は虚栄心が強かったため、美しいファンを持った他の女性に注目が集まることを、恐れていたのです。
18世紀、ファンは帯状のレースから作られました。レースをファンの形にのせ、vellumと呼ばれる上質の皮紙を付けたスティックで固定されました。17、18世紀のファンは、僅かしか残っていません。
19世紀初期、アクセサリーとしてのファンは、それまでと変わらず重要でした。ナポレオンは、婚礼のプレゼントとして妻・マリー・ルイーズに、ダイアモンドをあしらったファン、エメラルドをあしらったファンの2つを贈ったそうです。この頃、折り畳み可能なもの、開いた状態で固定されたものの、2タイプが流行しました。サイズはやや小さくなり、シンプルなドレスによく合いました。
1830年以降、レース・ファッションのリバイバルが起こります。パラソル、ファン、ミトン、レース・ヘッド、ハンカチーフ、ショール、タイのような、たくさんのレース・アクセサリーが作られました。また、クリノリンの登場によって大きくなったドレスに合わせ、ファンも大きくなります。そして、19世紀の終わり頃には、更に大きくなりました。
ファンの流行は、19世紀はじめに最盛期を迎えました。そして、20世紀初めには再び小さくなります。ファンは秘密のサインを送るのに重宝されていて、例えば、右手に持ったファンを顔の前に持ってくると、「私についてきて」という意味がありました。
19世紀のファンは、真珠層、アイボリー、角、べっ甲、木などの素材で作られ、それらには、金や銀の象眼模様が施されていました。そして、様々な種類のレースがファンに使われています:ブリュッセル、ブルージュ・デュシェス、ヴァランシエンヌ、ロザリン、シャンティリ、ホニトン、ポアン・ド・ローズ、ポアン・ド・ガーズ、ポアン・ド・ヴェニーズ、ヨール、カリックマクロス、リメリック・・・・
レース・ファン(扇)